2008/06/02
皆さん、こんにちは。

昨日は、許世楷・台湾駐日経済文化代表処代表ご夫妻の送別会がホテル・オークラ東京「平安の間」において挙行されました。
産経新聞の記事をご覧下さい。

http://sankei.jp.msn.com/world/china/080601/chn0806012150002-n1.htm
辞令なき送別会に800人 台湾の許世楷・代表送別会
2008.6.1 21:48

許世楷・台湾駐日代表処代表夫妻送別会。万歳三唱が行われた=1日、午後、東京・港区のホテルオークラ東京  台湾の大使館にあたる台北駐日経済文化代表処で代表を4年近く務めた許世楷氏(73)の送別会が1日、都内のホテルで開かれた。3月の台湾総統選で馬英九氏が勝利し、国民党が民進党から政権を奪い、許代表の退任が確実視されている。送別会は許代表の処遇について辞令など具体的な指示がいまだない中での実施。
会には、安倍晋三前首相やジャーナリストの櫻井よしこ氏ら約800人が駆けつけた。日台関係60団体の共同開催で、「私のなかのよき日本」などの著者で児童文学者としても知られる盧千恵夫人(71)ともども、許代表夫妻を送る会として開かれた。
冒頭、安倍前首相は官房長官時代に取り組んだ日台関係の実質的強化策を披露しながら、「許大使には今後も日台関係を強化していただきたい」と語った。また、「台湾は私の生みの親。育ての親は日本。どうぞ両国がいつまでも仲良しであってほしい」と語った歌手のジュディ・オングさんは歌声でも許氏の功績をたたえた。
許氏の代表在任中にはノービザで渡航が可能になり、運転免許証を日台相互で承認。日台関係は年間250万人が相互に行き来する関係にまで発展した。
独立運動を率いた許氏は国民党政権ににらまれ、33年間台湾に戻れず、津田塾大学で教壇に立った。その経験を生かし、代表赴任直後から雑誌「正論」など論壇でも活躍、台湾と日本の将来について積極的に発言した。
 

私は白金台の「代表処=大使館」を三度ほど訪れたことがあります。うち二度は許代表の話しをお聞きしました。
またご講演も、何度か拝聴致しました。正に「大人」の風格で、話し方も悠然として明晰、私の知る最も上品な男性ですね。
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2006/10/061028.html
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2007/09/070915.html

李登輝先生を代表とする「かつて日本人であった」台湾人、という方々がいます。片方で、「俺の半分は台湾人だ」「死んだら、骨の半分は台湾へ埋めて呉れと言ってある」とおっしゃる日本の古老がいます。何か、私の年代では体感として分からない熱いものが、この時代の日本人と台湾人には流れているようです。
 

永山義孝氏、92歳(数え)
「中国よ、台湾に手を出すな。手を出せば、俺は必ず台湾へ馳せ参じる。胡錦涛よ、台湾を盗るなら、俺を斬ってからにせよ。」
 

安倍前総理。余りに早い退陣が痛恨でした。私は麻生太郎さんを応援しましたし、それは今も変わりませんが、だからと言って安倍さんの悪口を言ったことはありません。歯がゆさ故の批判はしました。それは「悪口」とは違います。しかし昨晩の元気にさわやかな姿を見て、まだ先の可能性があると思いました。
 

ジュディ・オングさんの挨拶は、とても心のこもったもので、台湾語の歌もよかったです。

阿川佐和子さん(阿川家)の許代表御夫妻との不思議な縁も、知ってはいましたが改めていいお話しでした。(写真なし)
 

中川昭一さん。これにイッパツ太郎さんが加われば、最高でしたがね。
それはしかし、刺激が強すぎたかも。
 

盧千恵夫人が代表をつとめるフォルモサ婦人会の方々のコーラス。
盧夫人が指揮者をよく見て歌っているのが印象に残りました。
(因みにどこのアマチュア・コーラスも、私が知る限り、指揮者の共通する注意、そして注意の大半は、「私を見て下さい」です。)
 

日本万歳
台湾万歳
日台共栄万歳


許世楷先生、盧千恵奥様、
ありがとうございました。
なお末永く、台湾の為、日本の為、日本と台湾の強い結びつきと繁栄の為に、働いて下さい。

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「教会の政治的言動を憂慮する会」