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2008/06/03
皆さん、こんにちは。
一昨日、6/1の日曜日は午前11時より川崎・中原教会でのミサに与り、松浦悟郎司教のご講演を拝聴し、夕刻は台湾・許世楷先生御夫妻の送別会に駆けつけたのでした。今日は松浦司教のお話しについて書きます。この方とさいたまの谷司教は、私たちが批判している両巨頭で、その方面のスターです。谷司教のミサには一度だけ与りました。松浦司教には、一度もお会いしたことがありませんでした。
松浦司教をよく知っている私の畏友K氏によりますと、ミサはきちんとなさるし、黙想会の指導なども素晴らしいとのことでした。
最寄の武蔵小杉駅に10時前について、仲間4人で少し打ち合せしました。
それから教会へ向かったのですが、途中にこんな↓建物があり、期待がますます膨らみました。

大きく、「平和むぼうび条例実現」と掲げられています。
署名活動期間が、4月26日より5月25日、となっています。ということは一週間前に終結した訳です。

中原教会の掲示板です。

ありますね。「平和無防備条例を」!
条例直接請求署名期間、4/26〜5/25 とあります。
中原教会を、私は初めて訪れました。
こじんまりとはしていますがなかなか落ちついた聖堂で、一人で来ても、静かに祈ることができそうでした。
ミサは先唱者がいなく淡々と進み(すばらしいです)、司教のお説教もいい話しでした。

短い昼食時間を挟んで、「平和へのチャレンジ」という講演に入りました。

松浦司教のお話しは期待に反して穏やかなもので、私たちがメインになると予測した川崎での『平和・無防備条例』についての話しはまったくありませんでした。
私が疑問を感じますのは、「教会の目的」として下の2点をあげ、
1.人間の尊厳
2.互いに愛し合う関係としての平和=神の国の実現
その実現のために日本の憲法を守ることが大切だ、と、そうとしか受け取れない話しの筋でした。短絡すれば教会の目的が日本国憲法によって支えられている、あるいは日本国憲法が“改悪”されれば、教会の目的実現が危うくなる、そういう話しでしょう。でなければわざわざ司教様が話す必要のないことですからね。しかしもし日本国憲法が教会の目的に関与しているとすれば、それこそ「政教分離」に反するのではないですか?
また、関係ないなら、(私は関係ないと思いますが)、司教様が東奔西走して運動する価値のないことです。
最後の質疑の中で(質問がよく聞き取れませんでしたが)司教様は、「皆さんが色々考えることは自由である。これは(憲法問題は?)教義ではない」とおっしゃったと思います。
私たちの主張は正にそのことであって、“みんなが自由に考えて良い(憲法第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない)”ことに、聖職者が「その肩書で」介入しないで下さい、と申し上げているのです。
憲法をどうするかも、これは国民個々の基本的権利に基づく判断です。
勿論、聖職者が個人としてどのような思考・行動をしようと、自由です。私たちは「教義に関係のない」そのような活動を、聖職者の肩書のもとでやって欲しくないと、希望しているのです。もっともっと大切なものがあると思います。
ご講演後、出来なかった質問を書面で司教様にお出ししました。
二週間ほどしてご回答がなければ、質問事項を公開致します。
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P.S.
チベットが中国に併合され、台湾が併合されていない、何故でしょうか?
台湾には「武力がある」からです。それ以外の理由はありません。
つまり台湾が“非武装”すれば、直ちに「チベット状態」になります。松浦司教のお好きな「人間の尊厳」は踏みにじられます。
日本も同じでしょう。
(6/4 更に追記)
1. ここで言う「武力」:
「相手が手を出すことを躊躇する反撃力」
「同盟国(あるいは同情国)が支援に駆けつけるまで持ちこたえる力」
2. 別な角度からのレポートが、同行仲間サイトにあります。
http://blog.livedoor.jp/kasahara_7524/archives/51261591.html
http://blog.livedoor.jp/kasahara_7524/archives/51261858.html
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「教会の政治的言動を憂慮する会」
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