2014年2月10日
NHK籾井新会長発言に対する「毎日」の社説(二)

 

毎日新聞2014年1月28日付社説の検討を続けます。

籾井氏は25日に会長に就任した。任期は3年。NHKは受信料で成り立つ公共放送であり、政府から独立して、健全な民主主義の発展に貢献する役割を担っている。そんな自覚が感じられない会見だった。

感じる感じないはそれぞれの感性ですからとやかくは言いませんが、籾井氏の記者会見、特にその「冒頭発言」は、正にその自覚と覚悟を語っているのではないですか?

まず、籾井氏は従軍慰安婦について「戦争地域にはどこにもあった」「なぜオランダに今も(売春街を示す)飾り窓があるのか」と発言した。慰安婦問題には、さまざまな議論がある。しかし、女性の人権に対する深刻な侵害だ。他国を引き合いに出して正当化するつもりではないかと海外から思われかねない。

「さまざまな議論がある」ことに意見を言うなというなら、そんな質問はするな、そうでしょう? 「オランダには今も飾り窓がある」という事実を言ったら、どうしてそれが女性の人権に対する侵害になるのか。事実を言ったら人権侵害になるから、あなた方はいつも事実を言わないのか。籾井さんは慰安婦を肯定しているのではなくて、「今のモラルでは悪い」とはっきり語っています。しかし今、只今の日本にも「売春」はあるでしょう? 何と称しようとも「慰安婦」はいるでしょう? 今の日本にも慰安婦はいるといったら、それが女性への人権侵害になるの? それで報道の自由、表現の自由を、言うの? どういう脳内結線をしているのか。

一方、慰安婦問題について語る中で、売春一般について言及すること自体に違和感がある。そのうえ、オランダ人女性が慰安婦問題の当事者でもあることを考えれば、著しく配慮に欠けた乱暴な発言だ。

事実を語ることが「配慮に欠ける」というのです。彼らにとって“配慮”とは、事実を語らないこと、あるいは事実でないことを語ることです。この社説そのものが、その見本です。

また、日本と韓国は目の前の摩擦をどう和らげるべきか、取り組まなければならない。それなのに、NHK会長がこんな発言をすれば、溝は深まるばかりだ。

韓国側は言いたい放題を言っている。それにまったく触れず籾井会長を非難するのは、“偏向”ではないですか?

不十分な審議のまま強行採決された特定秘密保護法については、「一応(法案が)通ったので、もう言ってもしょうがないんじゃないか」「政府が必要だという説明だから、様子を見るしかない。あまりカッカする必要はない」と発言した。

籾井さんの言っていることは、その通りではないですか? 籾井さんも語っている通り、「民主主義について、はっきりしていることは多数決」なのです。“不十分な審議”というけれど、何を以って十分というのか知りませんが、国会で所定の手続きのもと採決された訳です。「一応決まったわけでしょう。それについて、ああだこうだ言ってもしょうがない、と言うわけではない。必要とあれば取り上げますよ」という答えの、どこが悪いんですか?

強行採決と言えば、週刊文春、昨年12月12日号で、飯島勲氏が次の指摘をしています。
1) 強行採決を稀に見る勢いで連発して唖然とさせたのは、民主党・鳩山由紀夫内閣においてだった
2) 2009年の臨時国会では、最大野党自民党欠席のままでの強行採決が6回もあった
3) 2010年の通常国会では、野党の制止を押し切っての強行が6回、自民党欠席のままが3回、
ゴリ押しの連続だったよ。忘れたとは言わせないぜ。

上の飯島氏の指摘が間違いでないことは、新聞社なら直ちに検証できるでしょう。これらの時に毎日新聞は何を語ったか、又語らなかったか。忘れたとは言わせないぜ。

秘密指定が適切なのかチェックする仕組みが整っておらず、将来的な原則公開も担保されていない。条文の解釈をめぐって人権と衝突しかねないなど、さまざまな問題が挙げられている。取り組むべき課題が山積する法律であり、それを指摘するのはメディアの仕事だ。

NHKの編集方針に口を挟んでいます。
「秘密指定が適切なのかチェックする仕組み」といいますが、チェックするということはその内容を知る訳です。つまり、チェック機関が重層になればなるほど、秘密の漏洩はし易いのです。あらゆるものが二律背反の中にあり、この法律もそうです。秘密を厳重にチェックすればするほど、秘密を守れなくなるのです。それが毎日新聞たちの求めていることです。チェックという言葉による骨抜きです。
「人権」という言葉もこの種の人は好きですが、普遍的な「人権」などこの世に無い。ある「人権」が、他の「人権」とぶつかる。それが、人の世というものです。「人権」は具体的な事象の中で語らなければならない。

韓国、盧武鉉政権は2004年5月、いわゆる「性売買特別法」を制定しました。それに対して同年10月7日、同法で禁止された「業」に携わっていた女性たちが、ヨイドの国会議事堂前に集合し、
“「生存権を踏み潰さず、われわれの職業を認めよ」「対策のない性売買法で全国が売春街と化す」などと書かれたプラカードを振りながら、「性売買特別法を改正せよ」「女性団体はわれわれを利用するな」などスローガンを叫んだ”
と報ぜられています。売春を禁止することは、自分たちの「生存権」、すなわち「人権」を犯すものだと言っているのです。

又、中央日報2005年02月23日19時48分発信のページによれば、性売買特別法で働く場を失った女性たちが“専門ブローカー(つまり「女衒」でしょう)”を通じて海外へ押し出され、日本やサイパン、のみならず欧州やロシアまで“進出”している、と伝えられています。こうした“専門ブローカー”が、日本統治時代には存在しなかった、と考えられますか?

安倍晋三首相の靖国参拝問題については「総理の信念で行ったので、いい、悪いと言う立場にない」と発言した。これは国際的な議論を招いている問題だ。その背景を報道し、いろいろな意見を紹介して、問題を多角的に整理したうえで、議論を深めるのが放送機関の役割だろう。

これはどこを批判しているのかよく分かりませんが、総理の靖国参拝をいい悪いという立場にはないということへの批判なら、良い悪いを言えということですか? そんなことを言えば、それこそ世の中ひっくり返るでしょう。もっとも参拝は悪いといえば毎日は満足するのでしょうが。

後半については私も賛成です。「その背景を報道し、いろいろな意見を紹介して、問題を多角的に整理したうえで、議論を深める」ことを、私も新会長の下、NHKに求めたい。今までは少な過ぎたし、かつ偏りすぎていたように思う。それが「放送機関の役割」と、私も思います。

籾井氏は「個人的な意見」と言うが、そんな言い訳が通用するだろうか。公人として、抱負を述べる場での発言だ。また、たとえ個人的な意見であっても、NHKの報道や制作の現場がトップの意向をそんたくし、萎縮してしまう懸念が否定できない。そんな公共放送が内外の信頼を保てるだろうか。

「公人としての抱負」を、今回の記者会見で籾井氏は十分に述べていると私は思います。本稿読者は、再度、朝日新聞による会見詳報を、お読み下さい。質問をするならば、籾井氏が語った「抱負」の部分を第一とするのが、当然であり、礼儀でしょう。ある特定と思える記者が、籾井氏が語りたかったことと違う場所へ引きずり込み、毎日の社説はその部分を語っています。会見の主たるテーマは無視しています。避けています。

籾井氏は、「放送法の順守」を新任最初の記者会見で述べたのです。「ボルト、ナットをもう一回締め直す」と言ったのです。これは相当に重要な、あるいは重大な発言ではないですか? 「放送法を守る」ことは当然であり、当然、それが行われていたと思われています。しかし最近では「JAPANデビュー 第1回アジアの“一等国”」というひどい番組がありました。裁判沙汰になり東京高裁はNHKに対し、原告への賠償金支払を命じています。2001年の、[女性国際戦犯法廷 第2回「問われる戦時性暴力」]というのも、全く一方的な、偏向報道でした。北朝鮮の工作員であった人物も、この番組に係わったことが分かっています。

籾井さんが敢えて「放送法の順守」を言う時、「放送法の順守」が為されていない、あるいは危ういという認識があるのでしょう。あの会見のテーマは、『放送法』であったのです。追及すべきは「放送法」です。毎日はじめ報道陣にも、それは分かっているのです。分かっているから避けようとしている。慰安婦問題に話をすり替えようとしているのです。

その意味で、1月31日の衆議院予算委員会における民主党・原口一博議員の籾井さんへの質問は、原口さんは意識して、籾井さんを応援したと思います。(私はたまたま短期の入院中で、実況を集中して見ることが出来ました)。

(今日は、ここまでとします。)

 

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